My perspective

厚狭のまち、感じるままに写真とつぶやきで綴ります。

企画展 「庄屋のお仕事」


山陽小野田市歴史民俗資料館で、企画展 「庄屋のお仕事」 が開催されます。

資料館所蔵の古文書を展示し、庄屋とはなんぞやと言う企画展らしいです。
古文書なんか読めない・・・と言う方も安心、解説付きで展示されるようです。
古文書が読めたら本当にたのしいでしょうね。


日程 : 平成27年2月6日(金)~3月29日(日)

時間 : 9:00~17:00

場所 : 山陽小野田市歴史民俗資料館 2階 小展示室

入場料 : 無料

休館日 : 月曜日・祝日

問い合わせ先 : 山陽小野田市歴史民俗資料館
☎ 0836-83-5600


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大河ドラマ


1月も半ばを過ぎました、今年 最初のブログアップです
遅れ馳せながら、本年も宜しくお願いいたします。

さて、NHKの大河ドラマ「花燃ゆ」も2回目も終わり、いよいよ3回目の放送となります
この「花燃ゆ」、山陽小野田出身の長州藩士が登場するのは地元の方はご存知でしょうか
その名も、来嶋又兵衛政久 地元の皆さんは今回の「花燃ゆ」は見逃せませんね。
ドラマの中で「来嶋又兵衛」演じるのは山口県出身の俳優 山下真司さんですよ。


来嶋又兵衛 (尊王攘夷派。遊撃隊総督。幼名は亀之進)
文化14年(1817年)1月8日、長門国厚狭郡西高泊村高須(現山陽小野田市西高泊高須)
無給通組の下士・喜多村政倫の次男として誕生。天保7年(1836年)、大津郡俵山村の
大組(八組)の上士・来嶋又兵衛政常の婿養子となる。天保12年(1841年)、柳川藩の
大石神影流の創始者大石進に剣術を学び、弘化3年(1846年)、江戸に出て剣術修行に
励み、武芸の達人となる。

嘉永元年(1848年)に帰国、家督を継ぐ。同年10月に手廻組に入隊。その後、藩世子の
駕籠奉行など藩の要職を歴任。嘉永2年、養父の政常が病死したため、来嶋家累代の名前を
継承し、来嶋又兵衛政久と改名した。

元治元年(1864年)7月19日、蛤御門の戦い(禁門の変)で薩摩藩士の銃撃隊、川路利良の
狙撃で又兵衛は胸を撃ち抜かれた。助からないと悟った又兵衛は、甥の喜多村武七に介錯を
命じ自ら槍で自刃、時に48歳。首級は武七が家郷に持ち帰り、胴体は力士隊の菊が浜(実名
片山常吉・美祢郡真長田出身)が天龍寺に運び境内に埋めた、後年嗣子清蔵(亀之進)がこれ
を発掘し、京都東山の麗霊山に移し、鎧、扇、太刀を収めて遺品として家に留めた。また後程
峨嵋山(山口県光市室積)に改葬した。


来嶋又兵衛を狙撃した薩摩藩士、川路利良は明治7年(1874年)警視庁創設に伴い初代
大警視(今で言う警視総監)に就任している。



参考文献

三原清堯「来嶋又兵衛傳」(復刻版) 小野田市歴史民俗資料館 平成4年
開館10周年特別企画展 遊撃軍総督 来嶋又兵衛とその周辺 小野田市歴史民俗資料館 平成4年
ウィキペディア(Wikipedia)


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